精神疾患のあるご家族と、災害への備え|薬・避難所・個別避難計画、今日から考えておきたいこと【Vol.89】


精神疾患のあるご家族と災害への備え。薬・避難先・平時に決めておくことの3点をまとめた図

「地震が起きたとき、この子を連れて避難所まで行けるだろうか」「薬が手元からなくなったら、どうなってしまうのか」。精神疾患のあるご本人を支えているご家族から、こうしたご相談をいただくことがあります。

防災の情報はたくさんあります。けれど、その多くは「一般的なご家庭」を想定して書かれていて、毎日の服薬があること、環境が変わると調子を崩しやすいこと、人の多い場所が苦手であることまでは、あまり触れられていません。この記事では、行政が公表している資料で確かめられる範囲の事実と、訪問看護の現場から見て「平時のうちに決めておけること」を整理しました。

精神疾患のあるご家族がいるとき、災害への備えで特に考えておきたいこと

先にこの記事の要点をお伝えします。三つあります。

  • 薬は「量を備える」より先に「情報を備える」。何をどれだけ飲んでいるかが分かる状態にしておくことが、災害時にいちばん役に立ちます
  • 避難先は一つに決めなくてよい。国の制度にも、市の運用にも、体育館以外の選択肢が用意されています
  • 決めておくのは「物」より「順番」。誰にどう連絡し、どこへ向かうのかを、平時のうちに一度だけ話しておく

どれも、今日のうちに全部そろえる必要はありません。順番に見ていきます。

「備え」は、特別なことではありません

防災の話を始めると、「うちはまだ何もできていない」と、ご家族が自分を責めてしまわれることがあります。けれど、備えというのは、非常持ち出し袋を完璧に用意することではありません。

お薬手帳のコピーを1枚とっておく。かかりつけの薬局の電話番号を、携帯電話以外の場所にも控えておく。それだけでも、災害が起きたときに取れる手は増えます。むしろ、大がかりな準備を計画すると、精神的な負担が大きくなって続かないことのほうが多いように感じています。

この記事も、上から順に全部やっていただく想定では書いていません。気になったところだけ読んでいただければ十分です。

いちばん多い不安は「薬が足りなくなったら」ではないでしょうか

災害の備えについてご家族とお話ししていると、最初に出てくるのはたいてい薬のことです。「何日分ためておけばいいですか」と聞かれることもあります。

ただ、薬は処方された分だけが手元にあるものですから、ご家庭の判断で何か月分もためておくことはできません。ですから、備えるのは「量」ではなく「情報」だと考えていただくほうが、実際に役立ちます。

具体的には、次のようなものです。

  • お薬手帳。原本を持ち出せないことも想定して、スマートフォンで撮影した画像と、紙のコピーの両方を用意しておく
  • コピーの置き場所を分ける。1枚は非常持ち出し袋、1枚は離れて暮らすご家族に預ける、といった形で分散させる
  • かかりつけの医療機関・薬局の名称と電話番号。携帯電話が使えない状況も想定して、紙にも書いておく
  • 自立支援医療の受給者証をお持ちであれば、その写しも一緒に

お薬手帳があれば、かかりつけ以外の医療機関や薬局でも、何をどれだけ飲んでいるかが伝わります。災害のときは、いつもの病院に行けるとは限りません。そのときに、ご本人やご家族の記憶だけで薬の名前を正確に伝えるのは、想像以上に難しいことです。

なお、自立支援医療の制度そのものについては、自立支援医療とは?精神科訪問看護で月の自己負担を下げる仕組みで詳しく整理しています。

自己判断で薬を減らしたり、中断したりしないでください

ここは、この記事のなかで唯一、強くお願いしたいところです。

手持ちの薬が減ってくると、「少しでも長くもたせよう」と、量を半分にしたり、一日おきにしたりしたくなることがあります。気持ちとしては自然な発想です。けれど、精神科の薬は、急に減らしたり止めたりすることで調子が大きく崩れることがあります。災害という、ただでさえ負担の大きい状況で、それが重なるのは避けたいことです。

残りが少なくなってきたときは、量を調整するのではなく、まずかかりつけの医療機関か薬局にご相談ください。連絡がつかないときは、避難所の救護所や、開いている薬局に、お薬手帳を持って相談する方法もあります。

ご本人が薬を飲むこと自体を嫌がられている場合の関わり方は、薬を飲まないとき、家族はどうする?にまとめています。また、薬を飲み始めてからの体の変化については薬を飲み始めてから体重が増えたとき、家族はどうする?もあわせてご覧ください。

かかりつけの薬局・医療機関と、災害時の対応を平時に話しておく

災害時にどう動くかは、医療機関や薬局によって考え方が異なります。ですから、当社の側から「こういうときはこうなります」と一律にお伝えすることはできません。

そのかわり、平時の受診や薬の受け取りのときに、一言だけ聞いておくことをおすすめします。

  • 「災害で来られなくなったときは、どこに連絡すればいいですか」
  • 「処方せんが手元にないとき、どうしたらよいですか」

この2問を聞いておくだけで、いざというときの迷いはかなり減ります。答えは事業所ごとに違いますので、必ずご自身のかかりつけにご確認ください。

避難所での環境変化に、本人がパニックになったら

避難所は、人が多く、音が響き、明かりが落ちない場所です。ふだんの生活で刺激に敏感な方にとって、そこで長く過ごすことは、それ自体が大きな負担になります。

ご家族から「取り乱したらどうしよう」とうかがうことがありますが、慣れない環境で動揺が出ることは、性格の問題でも、しつけの問題でもありません。あらかじめ想定しておけることとして、次のような準備があります。

  • 音をやわらげるもの。耳せんやイヤホンを1つ入れておく
  • いつも使っているもの。タオル、ひざかけ、飲み慣れた飲みものなど、感覚として「いつもどおり」を作れるもの
  • 離れられる場所をあらかじめ探す。到着したら、まず「一度離れて落ち着ける場所」がどこにあるかを見ておく
  • ご家族自身の休みも計算に入れる。ご家族が倒れてしまうと、支える人がいなくなります

あわせて、切迫したときの窓口を三つ挙げておきます。機能がまったく違うので、使い分けてください。災害時に限らず使えるものです。

  • 119番(救急車):自傷・他害の切迫した危険があるとき、過量服薬で意識がはっきりしないとき、強い希死念慮を訴えているとき
  • #7119(東京消防庁救急相談センター・24時間):「救急車を呼ぶほどか迷う」体調の急変やけがのとき。看護師・救急隊経験者が電話で相談に応じます
  • ひまわり 03-5272-0303(東京都の精神科二次救急受付窓口):平日・土曜は17時から翌朝9時、休日は24時間。休日の範囲や最新の受付時間は、東京都のページでご確認ください。夜間・休日に精神科で受診できる医療機関を探したいときの案内窓口です(医療相談ではなく、受診先の案内です)

災害のあとのこころの不調については、厚生労働省が「こころの耳」の被災された方へのページで情報と相談窓口を案内しています。また、厚生労働省の委託事業であるDPAT事務局は、DPAT(災害派遣精神医療チーム)を「自然災害や航空機・列車事故、犯罪事件などの集団災害の後、被災地域に入り、精神科医療および精神保健活動の支援を行う専門的なチーム」と説明しています。

避難所に「精神疾患があること」を伝えるかどうか、迷われる方へ

これは、正解がある問いではありません。伝えることで配慮を受けやすくなる場面もあれば、知られたくないというお気持ちも当然のことです。

ひとつだけお伝えできるのは、伝えるかどうかを決めるのはご本人とご家族であって、決めておく必要すらないということです。そのときの状況で選んでいただいて構いません。

そのうえで、判断の材料になりそうなことを挙げておきます。診断名そのものを言わなくても、「大きな音が苦手です」「人の多い場所に長くいられません」といった、必要な配慮の中身だけを伝える方法もあります。実際に配慮が受けられるかどうかは、そのときの避難所の状況によりますので、お約束はできません。

二次避難所(自治体によっては「福祉避難所」)とは何か

全国的には「福祉避難所」と呼ばれることが多く、内閣府も福祉避難所の確保・運営ガイドラインという名称で指針を公表しています。一方、府中市では「二次避難所」という名称が使われています。お住まいの自治体のページを見るときは、この呼び方の違いに注意してください。

府中市が公表している避難所のページには、次のように書かれています。

市立小中学校や総合体育館での避難生活が困難な災害時要援護者の方には、文化センター等を二次避難所として開設します

府中市「避難所について」

同じページでは、災害時要援護者について「障害者や高齢者など災害時に支援が必要な方」と説明されています。市が指定する一次避難所は市立小中学校の体育館と総合体育館で、二次避難所として文化センター等が挙げられています。

ここで正直にお伝えしておきたいことがあります。どなたが、どのタイミングで二次避難所を利用できるのかという運用の細かいところは、公表されている情報だけでは分かりません。当社の側で「入れます」「入れません」と申し上げることはできませんので、気になる場合は市の防災担当の窓口に直接ご確認ください。平時に一度聞いておくことが、いちばん確実です。

避難行動要支援者名簿・個別避難計画について

災害時に自分で避難することが難しい方について、国は二つの仕組みを用意しています。内閣府の防災情報のページに、制度ができた流れが説明されています。

  • 避難行動要支援者名簿:平成25年の災害対策基本法の改正により、災害時に自ら避難することが困難な高齢者や障害者等について、名簿を作成することが市町村の義務とされました
  • 個別避難計画:令和3年の同法の改正により、避難行動要支援者について、個別避難計画を作成することが市町村の努力義務とされました

個別避難計画は、一人ひとりについて「誰が、どこへ、どうやって避難を支援するか」を決めておくものです。作成の主体は市町村であり、ご家族だけで作らなければならないものではありません。また、訪問看護ステーションが作成する立場でもありません。

取り組みの進み方は自治体によって差があります。お住まいの市区町村の防災担当や福祉担当の窓口、担当のケアマネジャーや相談支援専門員がいらっしゃる場合はその方に、「うちは対象になりますか」と聞いてみるのが入口になります。制度の全体像は、内閣府防災情報のページ「避難行動要支援者の避難行動支援に関すること」で確認できます。

停電・断水のとき、情報とどう向き合うか

災害のときは、情報が一気に増えます。そして、そのなかには不確かなものも混ざります。不安が強い状態でそれに触れ続けると、調子を崩す引き金になることがあります。

備えとして考えておけるのは、次のようなことです。

  • 情報の入口を複線にする。停電でインターネットが使えないことを想定し、電池式のラジオを1台持っておく
  • 見る回数を決めておく。ずっと見続けるのではなく、朝と夕方だけにするなど、あらかじめご本人と決めておく
  • 確かな出どころを1つ決めておく。市の防災ページや東京都の防災ポータルなど、公的な情報源をあらかじめブックマークしておく
  • 断水に備える。薬を飲むための水は、意識して確保しておく

ご本人が強く動揺されているときは、情報を正しく訂正することよりも、まず落ち着ける状況を作るほうが先になることが多いように感じています。

一般的な防災グッズに、何を足しておくとよいか

非常持ち出し袋の中身は、一般的な防災の情報でよく紹介されています。ここでは、それに足しておくと役に立ちそうなものだけを挙げます。

  • お薬手帳のコピー(写真データも別に)
  • 数日分の薬(手元にある範囲で。ためこむ必要はありません)
  • 自立支援医療の受給者証、障害者手帳などの写し
  • かかりつけの医療機関・薬局・訪問看護の連絡先を書いた紙
  • 耳せん、アイマスクなど、刺激をやわらげるもの
  • ふだん使っている安心できるもの(においや手ざわりの慣れたもの)
  • ご本人が困ったときに見せられる、短いメモ(必要な配慮を1行で書いたもの)

数量については、ご家庭の状況によって適切な量が変わりますので、ここでは断定しません。市の防災ページに掲載されている一般的な備蓄の考え方を土台に、上の項目を足していただくのがよいと思います。

訪問看護は、災害への備えにどう関わるのか

訪問看護が災害の備えでできることは、派手なものではありません。平時の訪問のなかで、次のようなことを一緒に整理していくのが中心になります。

  • ふだんの服薬の状況を確認し、記録に残しておく(何をどれだけ飲んでいるかが、他の医療者にも伝わる状態にしておく)
  • 災害が起きたときにどう連絡を取り合うか、ご家族と決めておく
  • ご本人が苦手な刺激や、落ち着ける関わり方を、あらかじめ言葉にしておく
  • 主治医との連絡の道すじを、平時のうちに確認しておく

一方で、正直にお伝えしておかなければならないことがあります。大きな災害が起きたとき、いつもどおりに訪問できるとはお約束できません。道路や交通の状況、看護師自身が被災している可能性もあります。だからこそ、訪問看護がいなくても回る形を、平時のうちに一緒に作っておくことが大切だと考えています。

ご相談いただけること

府中よりそい訪問看護ステーションは、東京都府中市を拠点に、精神科の訪問看護を行っています。災害への備えについても、ふだんの訪問のなかでご一緒に整理していくことができます。

ただ、事業所によって得意な分野も体制も違います。合うかどうかは、優劣ではなく、人と人の間に起きる相性のようなものです。私たちが合わないこともあります。ほかの事業所もあわせてご覧いただいたうえで、いちばん安心できるところを選んでいただければと思います。訪問看護が合わないと感じたらでは、事業所の変え方についても書いています。

府中市の相談先を一覧で探したい方は府中市の精神科医療マップを、近隣の市にお住まいの方は対応エリアのご案内をご覧ください。多摩市にお住まいの方向けの制度の記事として多摩市で自立支援医療を申請するにはもあります。

初回のご相談は無料です。交通費もいただいていません。ご本人がまだ受診されていない段階で、ご家族だけでご相談いただくこともできます。お電話(042-508-3434)またはお問い合わせフォームからご連絡ください。

よくあるご質問

災害で薬が足りなくなりそうなとき、どうすればよいですか

自己判断で量を減らしたり、中断したりしないでください。まず、かかりつけの医療機関か薬局にご相談ください。連絡がつかないときは、お薬手帳(またはその写し)を持って、避難所の救護所や開いている薬局にご相談いただく方法もあります。お薬手帳があると、いつもと違う医療機関でも、何をどれだけ飲んでいるかが伝わります。

避難所に、精神疾患があることを伝える必要はありますか

伝えなければならない決まりはありません。伝えるかどうかは、ご本人とご家族が決めることです。診断名を言わずに、「大きな音が苦手です」「人の多い場所に長くいられません」といった必要な配慮の中身だけをお伝えする方法もあります。実際にどのような配慮が受けられるかは、そのときの避難所の状況によりますので、お約束はできません。

二次避難所(福祉避難所)には、誰でも入れますか

府中市の避難所のページには、市立小中学校や総合体育館での避難生活が困難な災害時要援護者の方に、文化センター等を二次避難所として開設すると書かれています。ただし、どなたがどのタイミングで利用できるかという運用の詳細までは、公表されている情報からは分かりません。市の防災担当の窓口に、平時のうちに直接ご確認いただくことをおすすめします。

個別避難計画は、自分たちで作らないといけませんか

個別避難計画は、令和3年の災害対策基本法の改正により、市町村の努力義務とされたものです。ご家族だけで作らなければならないものではありませんし、訪問看護ステーションが作成する立場でもありません。お住まいの市区町村の防災担当・福祉担当の窓口や、担当のケアマネジャー、相談支援専門員に、対象になるかどうかを尋ねてみてください。

訪問看護は、災害が起きたときも訪問してもらえますか

いつもどおりに訪問できるとはお約束できません。道路や交通の状況によっては伺えないことがありますし、看護師自身が被災している可能性もあります。そのため当社では、災害時にどう連絡を取り合うかを平時のうちにご家族と決めておくことと、訪問看護がいない状況でも回る形を一緒に作っておくことを大切にしています。

参考にした資料

(本記事の制度に関する記述は、2026年9月6日時点で各公式ページに掲載されている内容にもとづいています。制度の運用は自治体によって異なり、また変更されることがありますので、実際のお手続きの際は必ずお住まいの自治体の窓口にご確認ください。)

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