
デジタル化する医療現場―訪問看護の新たな役割
令和8年(2026年)の診療報酬改定は、医療のデジタル化を推し進める大きなターニングポイントとなります。この改定では、単なる技術導入ではなく、ICT(情報通信技術)を活用した医療チーム全体の連携強化に焦点が当てられています。訪問看護ステーションもその中核的な役割を担うことになり、新しい加算制度が創設されました。
特に注目すべきは「訪問看護医療情報連携加算」という新設加算です。これは単なる電子化ではなく、医師、薬剤師、ケアマネジャー、その他の医療関係職種が記録した患者情報をリアルタイムに共有し、より質の高いケアを提供するための仕組みです。月額1,000円の加算ですが、これは訪問看護の価値を医療情報連携という側面から新たに評価した結果です。
訪問看護医療情報連携加算(新設):月額1,000円
ICTを活用して医療情報を他の保険医療機関と共有し、より質の高い訪問看護を提供することに対する新たな評価制度です。
医療DXの全体像―電子処方箋とオンライン資格確認
今回の改定で推進されている医療DXの全体像を理解することは、訪問看護ステーションが今後の戦略を立てる上で重要です。国が進める大きな柱には、以下の3つが挙げられます。
まず1つ目は「電子処方箋」です。これまで紙で発行されていた処方箋がデジタル化され、薬局でも医療機関でも同じ情報にアクセスできるようになります。訪問看護で患者さんの薬剤情報を把握する際に、より正確でリアルタイムな情報が得られるようになることは、誤薬防止や薬物相互作用チェックの精度向上につながります。
2つ目は「オンライン資格確認」の推進です。これは患者さんの保険情報をシステムで自動確認する仕組みで、訪問看護ステーションで患者さんの受給資格を迅速に確認でき、請求業務の効率化につながります。
そして3つ目が、今回の改定で最も大きなテーマとなっている「医療機関間の情報連携」です。訪問看護ステーションが他の医療機関と情報を共有し、シームレスなケアチェーンを構築することで、質の高い医療提供が可能になります。
DtoPwithN―訪問看護とオンライン診療の新たな連携
改定では「DtoPwithN」(Doctor to Patient with Nurse)という新しい連携モデルが注目されています。これは医師がオンライン診療を行う際に、訪問看護師が患者さんの状態観察や測定値の記録を行い、その情報を医師に共有するという仕組みです。
例えば、自宅で療養している患者さんが、医師とオンライン診療を受ける際に、訪問看護師がその場で血圧や体温などのバイタルサインを測定し、リアルタイムで医師に情報提供する―こうしたシーンが今後増えていくことが予想されます。これにより、医師はより正確な診断ができるようになり、患者さんの安全性も向上します。
訪問看護の現場で必要となるICT環境
新しい加算を活用するためには、単にシステムを導入すればよいというわけではありません。実際の現場運用を円滑に行うための環境整備が必須です。
訪問看護医療情報連携加算を算定するには、いくつかの具体的な要件を満たす必要があります。まず、ICTを用いて他の保険医療機関等の関係職種が記録した患者さんの医療・ケアに関わる情報を、実際に取得して活用することが条件です。これは単なる情報の「閲覧」ではなく、その情報を「活用」して訪問看護の計画的な管理に生かすことが求められています。
次に、患者さん本人からの同意を得ることが大前提です。個人情報の取り扱いについては、より一層厳格な同意管理が求められる時代になってきたということでもあります。
また、訪問看護ステーション側でも、診療情報などについて記録し、医療関係職種等に共有する体制を構築する必要があります。つまり、一方向の情報受信ではなく、双方向の情報交換が求められているわけです。
施設基準と運営上の留意点
新しい加算を算定するには、施設基準もクリアしなければなりません。重要なのは、連携する医療機関が「5機関以上」であることです。単一の医療機関との連携ではなく、複数の関係機関と多面的に情報共有することで、より包括的で質の高いケアが実現できるという考え方が背景にあります。
また、こうした連携体制について、訪問看護ステーションのウェブサイトに掲示することが求められています。これは患者さんや地域の医療機関に対して、自ステーションがどのような連携体制を整備しているかを積極的に情報発信することで、透明性と信頼性を高める狙いがあります。
なお、ウェブサイト掲載基準については経過措置が設けられており、令和8年9月30日までは要件を満たさなくても加算を算定できる期間が与えられています。この期間を上手に活用して、段階的にシステムを整備していくことが現実的です。
医療DX対応は、訪問看護の質と信頼を高める投資です
患者さんと地域医療を結ぶ新たな責務へ
専門的ポイント ― 経営・運営上の実装戦略
1. 医療情報連携システムの選定と導入
既存の訪問看護記録システムと連携可能なHIS(医療情報システム)やEHR(電子健康記録)システムの選定が重要です。現在、多くのシステムベンダーが医療DX対応の機能を拡張しており、段階的な導入が可能です。特に、診療所や病院との相互運用性(interoperability)を重視した選定が必須となります。
2. 施設基準達成のための連携構築
- 連携医療機関5機関以上の確保:既に診療連携がある医療機関に加え、新たな連携先の開拓を進める
- 連携内容の明文化:各医療機関との情報共有項目、共有方法、共有頻度を協定書で定めることで、実装が円滑化する
- 個人情報保護方針の整備:APPI(個人情報保護方針)の見直しと、患者同意書の標準化が必要
3. 訪問看護記録の電子化と標準化
医療情報連携加算を活用するには、訪問看護記録自体もデジタル化を進める必要があります。既存の紙記録または独自フォーマットの電子記録から、標準化されたフォーマット(FHIR対応など)への移行が、中期的には求められることになるでしょう。
4. DtoPwithNの実運用モデル確立
オンライン診療との連携は、実務レベルでのフローが重要です。訪問看護師がオンライン診療時にリアルタイムで患者の状態データを入力・共有できる体制を、院内研修と運用マニュアルで標準化する必要があります。タイムリーな情報提供がなければ、DtoPwithNの価値は活かせません。
5. 外来データ提出加算との組み合わせ活用
改定では「外来データ提出加算」という新加算も創設されています。診療所や病院の外来データを一元管理するこの加算と、訪問看護医療情報連携加算を組み合わせることで、より包括的な患者情報の流通が実現し、全体としての医療の質向上につながります。
6. ウェブサイト掲載の戦略的活用
ウェブサイト掲載は単なる法的要件ではなく、マーケティング的な側面でも重要です。「当ステーションはこれだけ多くの医療機関と情報連携している」というメッセージは、患者さんや家族の信頼獲得につながります。掲載内容は定期的に更新し、新たな連携先の追加等を積極的に情報発信すると良いでしょう。
7. 経過措置期間の活用
ウェブサイト掲載基準の経過措置(~令和8年9月30日)を上手に活用し、準備期間として位置付けることが重要です。この間に連携先の確保、同意書の整備、スタッフ研修を完了させることで、令和8年10月1日以降のスムーズな運用につながります。
8. セキュリティとコンプライアンスの強化
医療情報の漏洩は、事業継続に関わる重大なリスクです。個人情報保護法改正への対応、ネットワークセキュリティの強化、アクセス権限管理の厳格化が必須となります。特に、複数の医療機関と情報共有する場合、境界セキュリティだけでなくゼロトラストセキュリティの考え方も視野に入れるべきです。
9. 経営シミュレーションと収支分析
訪問看護医療情報連携加算(月額1,000円)の収益性を試算する際、対象患者数、実装コスト、運用人件費を整理することが重要です。特に、システム導入や連携構築にはイニシャルコストが発生するため、損益分岐点の計算と投資回収期間の把握が経営判断の際に必要になります。
参考資料
- 厚生労働省「09_質の高い訪問看護の推進」p.9
- 厚生労働省「訪問看護ステーション向け」pp.15-18
- 厚生労働省「08_質の高い在宅医療の推進」pp.1-10
