
「もう1週間、お風呂に入っていない」「声をかけても、面倒くさいとしか言わない」。精神疾患のあるご家族と暮らしていて、入浴のことで困っているというご相談をいただくことがあります。
毎日のことなので、言うほうも言われるほうも消耗します。強く言えば関係が悪くなり、黙っていれば心配が積もる。その板ばさみのなかで、どう声をかければいいのか分からなくなってしまう。この記事では、なぜ入浴が難しくなるのか、どう声をかけるとよいのか、入れない日が続くときにどんな選択肢があるのか、そしてどの時点で専門職に相談してよいのかを整理しました。
なぜ、お風呂に入るのが難しくなるのか
入浴は、外から見ると「ただお湯につかるだけ」の行為です。しかし実際には、服を脱ぐ、体を洗う、髪を乾かす、着替える、洗濯物を出すという工程がつながっています。気力が落ちているときには、この一連の段取りそのものが重い作業になります。
精神疾患の症状として、身のまわりのことに手がつかなくなることがあります。国立精神・神経医療研究センターが運営する「こころの情報サイト」は、統合失調症の「意欲の障害」の例として、「打ち込んできた趣味、楽しみにしていたことに興味を示さなくなった」「何もせずにゴロゴロしている」と並べて、「身なりにまったくかまわなくなり、入浴もしない」を挙げています。入浴をしないことが、公的な情報サイトで症状のあらわれ方の一つとして説明されている、ということです。
疾患ごとの背景は、それぞれの記事で整理しています。統合失調症については統合失調症のご家族へ|訪問看護でできる3つのサポートと声かけのコツ【Vol.29】を、うつ病についてはうつ病のご家族へ|訪問看護でやっている3つのこと【Vol.30】をあわせてご覧ください。
「サボっている」と見えてしまう理由
ご家族から「本人は元気そうに見えるのに、お風呂だけ入らない」というお話をうかがうことがあります。テレビは見ている、スマートフォンは触っている。それなのに入浴だけしない。だから怠けているのではないか、と感じるのは自然なことだと思います。
ただ、受け身でできることと、自分から段取りを組んで動くことでは、必要な力が違います。画面を見ることは、始めるための決断がほとんど要りません。一方で入浴は、「今から入る」と決めて、いくつもの工程を順番に片づける必要があります。気力が落ちているときに先に落ちるのは、この「自分から始める」ほうの力です。
ここで「怠けている」と受け取ってしまうと、声かけが自然と責める形になります。責められた側は、できない理由を説明できないので黙るしかありません。その沈黙がまた「やる気がない」ように見えて、というすれ違いが起きやすい場面です。
声のかけ方|急がせない、比べない、理由を問い詰めない
言い方を変えるだけで入浴できるようになる、という単純な話ではありません。それでも、次の3つは、その後の会話の続けやすさに関わってきます。
1. 期限を決めて急がせない。「今日こそ入って」と迫るより、「入りたくなったら教えて」「お湯だけ張っておくね」というほうが、ご本人が自分のタイミングで動きやすくなります。準備だけしておいて、決めるのはご本人に預ける形です。
2. 以前の姿や、ほかの人と比べない。「前は毎日入っていたのに」「みんな普通にやっていることだよ」という言葉は、事実であってもご本人を追い込みます。比較は、できない自分を確認させるだけで終わってしまうことが多くあります。
3. 理由を問い詰めない。「どうして入らないの」と聞かれても、ご本人にも説明がつかないことがあります。理由を聞くかわりに、「今日は体がしんどい感じ?」というように、はい・いいえで答えられる形にすると答えやすくなります。
そのうえで、ハードルを下げる提案が有効なことがあります。「全部やらなくていいから、足だけお湯につけてみる」「シャワーだけにする」「髪は明日にする」というように、工程を分けて一部だけにする方法です。全部か、ゼロか、ではない選択肢を用意しておくということです。
入れない日が続くとき、負担の少ない選択肢
入浴そのものが難しい期間は、体を清潔に保つ方法をほかに用意しておくと、ご家族の心配が少し軽くなります。蒸しタオルで首や背中をふく、市販の体をふくシートを使う、足だけお湯につける、下着と靴下だけは毎日替える。こうした方法を取り入れているご家庭もあります。
ここで大切なのは、「入浴できない=何もできていない」ではない、と考え方を変えておくことです。着替えができた日、顔を洗えた日は、その日にできたことがあった日です。ゼロか100かで見ていると、ご家族のほうが先に疲れてしまいます。
なお、皮膚に赤みやただれがある、においが急に強くなった、傷がありそうだという場合は、清潔のケアの前に主治医や訪問看護師にご相談ください。皮膚の状態の判断は、実際に見たうえで行うものです。
入浴以外の変化も、一緒に見ておく
入浴だけが単独で止まることは、あまり多くありません。多くの場合、ほかの生活の場面にも同じような変化が出ています。ご家族が見ておくとよいのは、たとえば次のような点です。
食事の回数や内容が変わっていないか。着替えをしているか。部屋が急に散らかっていないか。眠る時間が大きくずれていないか。人と連絡を取らなくなっていないか。薬をきちんと飲めているか。
入浴に加えてこうした変化が重なってきているときは、入浴を1つの出来事として見るより、全体の調子が落ちてきているサインとして受け止めたほうが、次の手を打ちやすくなります。この「変化の重なり」を、あらかじめご家族と話し合って書き出しておく方法については、精神科の入退院を繰り返すとき|家族ができる再発サインとクライシスプラン【Vol.72】で詳しく整理しています。
清潔は、精神科訪問看護が毎回見ている項目です
「お風呂の話を訪問看護に相談してよいのか」と迷われる方がいらっしゃいます。結論から申し上げると、相談していただいてよい内容です。制度のうえでも、清潔は精神科の訪問看護が毎回記録する項目に含まれています。
厚生労働省の通知「訪問看護計画書等の記載要領等について」(令和8年3月27日・保医発0327第10号)は、訪問ごとに作成する記録書Ⅱについて、精神科訪問看護の場合に記入する事項として、食生活、清潔、排泄、睡眠、生活リズム、部屋の整頓、精神状態、服薬等の状況、作業・対人関係、実施した看護内容などを挙げています。「清潔」が、食生活や睡眠と同じ並びで、毎回の記録項目として位置づけられているということです。
訪問看護そのものの位置づけも法律に定めがあります。健康保険法第88条第1項は、訪問看護を、居宅において看護師などが行う「療養上の世話」または「必要な診療の補助」と定めています。入浴や清潔をめぐる関わりは、一般に「療養上の世話」に含まれるものとして扱われています。
実際の訪問では、その日の体調をうかがいながら、入浴や清拭をどうするかをご本人と一緒に決めていきます。ご家族が言うと角が立つことでも、訪問看護師という第三者からの提案であれば受け入れやすい、という場面は少なくありません。ご家族が言いにくくなっている役回りを、いったん外に預けるという使い方ができます。
いつ専門職に相談するか|再発のサインとの見分け方
「どのくらい入っていなければ相談してよいのか」というご質問をよくいただきます。何日という一律の線引きはありません。日数そのものより、次のような点があるかどうかを目安にしてください。
入浴以外の生活の場面にも変化が広がっている。以前は同じことがあっても数日で戻っていたのに、今回は戻らない。薬を飲めていない日がある。眠れていない、または昼夜が逆転している。ご本人が「どうでもいい」という言い方をするようになった。
こうした点が重なるときは、清潔の問題として扱うより、調子の変化として主治医にお伝えいただくほうが早く動けます。医療上の判断は、ご本人を診ている主治医が行うものです。ご家族の役割は、診察室では見えない家での様子を伝えることだとお考えください。
訪問看護をご利用中であれば、次回の訪問を待たずにご連絡いただいて構いません。まだ訪問看護を利用していない場合は、主治医、またはお住まいの市区町村の相談窓口が入口になります。
ご家族自身も、消耗していないか
入浴の問題がしんどいのは、毎日くり返されるからです。声をかけるかどうかを毎日考え、断られ、においが気になり、また明日を迎える。この積み重ねは、はっきりした事件がないぶん、ご家族自身も「疲れている」と気づきにくいところがあります。
ご家族が言い方を工夫し続けることには限りがあります。うまく言えなかった日があっても、それはご家族の努力が足りないからではありません。ご家族自身の消耗をやわらげる考え方は、ご家族のしんどさを、軽くする|認知の転換・セルフケア・SOSの出し先【Vol.36】で整理しています。
また、この記事では入浴の場面に絞ってお伝えしましたが、生活のなかで気になっていることが複数あるときは、まとめてご相談いただいて構いません。
よくある質問
お風呂に入らない家族を、無理にでも入浴させたほうがよいですか
力ずくで入浴させる方法はおすすめしていません。その場は収まっても、入浴そのものが嫌な記憶と結びついて、次からさらに難しくなることがあります。お湯を張っておく、シャワーだけにする、足だけつけるというように、選べる形を用意して、決めるのはご本人に預ける方法をご案内しています。
何日くらい入浴していなければ、相談したほうがよいですか
何日という一律の目安はありません。日数よりも、食事・睡眠・着替え・部屋の様子など、ほかの生活の場面にも変化が広がっているかどうかを見てください。変化が重なっているときや、以前より戻りが遅いと感じるときは、日数にかかわらず主治医にご相談ください。
お風呂に入る代わりにできることはありますか
蒸しタオルで体をふく、市販の体をふくシートを使う、足だけお湯につける、下着や靴下を毎日替えるといった方法を取り入れているご家庭があります。皮膚に赤みやただれ、傷がありそうなときは、清潔のケアの前に主治医や訪問看護師にご相談ください。
入浴をおっくうがるのは、病状が悪くなっているサインですか
それだけで判断することはできません。国立精神・神経医療研究センターの「こころの情報サイト」では、統合失調症の意欲の障害の例として、身なりにかまわなくなり入浴もしないことが挙げられていますが、実際にどう解釈するかは、ほかの症状や経過とあわせて主治医が判断します。ご家族は、家での様子をそのまま伝えていただくのがよいと考えています。
精神科訪問看護は、入浴や清潔のことも相談できますか
相談していただけます。厚生労働省の通知でも、精神科訪問看護の記録項目に清潔が含まれています。実際の訪問では、その日の体調をうかがいながら、入浴や清拭をどうするかをご本人と一緒に決めていきます。訪問看護の利用は主治医が必要と判断することが出発点になるため、まずは主治医、または市の窓口にご相談ください。
お問い合わせ
府中よりそい訪問看護ステーションでは、府中市を中心に精神科の訪問看護を行っています。対応している地域は対応エリアでご確認いただけます。
初回のご相談は無料です。訪問の交通費はいただいていません。お問い合わせフォーム、またはお電話(042-508-3434・平日9時から18時)で承ります。ご本人がまだ受診していない段階で、ご家族だけでご相談いただくこともできます。



