
「本人のことで頭がいっぱいで、自分のことは後回し」――精神疾患のご家族を支えている方から、よく聞く言葉です。気がつくと、何ヶ月も、何年も、自分のための時間が消えていた。眠れない夜が当たり前になっていた。そんな状態に、心当たりはありませんか。
ご家族のしんどさは、本人と同じくらい深いものです。けれどそれは、外から見えにくく、本人にも言いにくく、誰にも理解されない孤独を伴います。このVolでは、府中よりそい訪問看護ステーションが日々ご家族と関わる中で大切にしている「考え方の転換 3つ」「今日からできるセルフケア 5つ」「困ったときの SOS出し先 6つ」をまとめました。「家族が倒れる前に」読んでいただきたい一本です。
第1章:考え方の転換 3つ
セルフケアの前に、まずは「考え方」のところで肩の力を抜くことから始めます。ご家族が抱えやすい「責任の重荷」を、少しだけ軽くする3つの視点です。
1-1. 「回復させるのは、家族の役目ではない」
「もっとできることがあるはず」「私の関わり方が悪いから良くならないのかも」――そう思うことはありませんか。けれど、精神疾患の回復は、医療チームの仕事です。主治医、看護師、薬剤師、心理士、精神保健福祉士など、多くの専門職が役割を分担して関わるものです。ご家族の役目は、治療者になることではなく、「日々を共にする人」であり続けることだけで十分です。
「治してあげたい」「変えてあげたい」という思いは、深い愛情から来るものです。同時に、それは「家族の責任で良くしなければいけない」というプレッシャーにもなります。一度、その重荷を脇に置いてみる。「治療責任の線」を意識して引いてみる。それだけで、呼吸が少し楽になることがあります。
1-2. 「察知して合わせる」を、やめていい
「今日はどんな表情かな」「機嫌を損ねないように」「何を言ったら傷つけてしまうだろう」――こうやって、本人の様子を常に察知して、自分の言動を合わせていませんか。気を遣えるご家族ほど、消耗が早いのは、この「察知の重荷」を一人で背負っているからです。
察知して合わせる関係は、長くは続きません。「私はこう思う」「私は今これがしんどい」と、ご自分の感情を言葉にする練習を、少しずつ始めてみてください。家族の中で「察し合う」のではなく、「言い合える」関係に変えていく。それは、ご本人の回復にとっても、長い目で見ればプラスに働きます。
1-3. 「応援」と「介入」の境界線を引く
「もっと運動した方がいい」「薬を飲み忘れないで」「早く寝た方がいい」――よかれと思っての声かけが、本人にとっては「介入」と感じられることがあります。応援したい気持ちと、本人の決定権を尊重することの間には、見えにくい境界線があります。
助言したくなったときは、一呼吸置いてみてください。「本人がそれを望んでいるか」を、心の中で確認する。望まれていない助言は、応援ではなく介入になります。「見守る」ことも、十分な支援です。何も言わずにそばにいる時間、黙ってお茶を出す時間――それが、いちばん深い「応援」になることもあります。
第2章:今日からできるセルフケア 5つ
考え方を変えるのは時間がかかります。でも、行動は今日から変えられます。ご家族自身を守るための、具体的なセルフケアを5つご紹介します。
2-1. 1日30分、自分のための時間を確保する
「30分も取れない」と思われるかもしれません。けれど、1日24時間のうちのたった2%です。本を読む、コーヒーをゆっくり飲む、散歩する、好きな音楽を聴く――何でも構いません。「家族のため」を理由に、この30分を削らないでください。短くてもいいので、毎日繰り返すことが大切です。
「自分のための時間」は、わがままではありません。長距離を走るランナーが給水所で水を飲むのと同じです。途中で水を飲まなければ、ゴールにはたどり着けません。ご家族の伴走は、長距離マラソンです。
2-2. 物理的距離を、意図的に取る
同じ屋根の下にいる時間が長すぎると、お互いの存在が重くなってしまいます。別室で過ごす時間、近所のカフェに行く時間、外を歩く時間――意識的に、物理的な距離を作ってみてください。「距離を取る=冷たさ」ではありません。むしろ、長く一緒にいるための必要な行為です。
本人にとっても、ずっと家族の視線の中にいることは、回復の妨げになることがあります。「今日はカフェに行ってくるね」と一言だけ伝えて出かける。お互いの時間と空間が分かれている時間帯を、生活の中に組み込んでみてください。
2-3. 自分の体調を、最優先で守る
睡眠、食事、ご自身の通院――これらを「家族のため」を理由に後回しにしていませんか。ご家族が倒れたら、誰も支えられなくなります。これは、本人にとっても最悪のシナリオです。ですから、ご自分の体調管理は、本人のためでもあります。
夜中の様子が気になって眠れない、ご飯を作る気力がなくてコンビニで済ませる、頭痛がしても病院に行けない――もしこんな状態が続いているなら、それは黄色信号です。早めに、後述の「SOS出し先」につながってください。
2-4. 「察知の重荷」を手放す練習をする
1-2で書いた「察知して合わせる」をやめるための、具体的な練習を一つご紹介します。「沈黙を許す」ことです。リビングに二人でいて、本人が黙っている。そんなとき、いつも何かを話しかけて場の空気を埋めていませんか。沈黙が続く時間を、あえてそのままにしてみる。「気まずさ」を一緒に過ごすことを、少しずつ慣らしていく。
もう一つは、「自分の感情を内側で言葉にする」練習です。本人の表情に反応する前に、まず「私は今、何を感じているのか」を、心の中でつぶやいてみる。「疲れている」「少し心配している」「自分の時間が欲しいと思っている」。これを習慣にすると、相手の感情に飲み込まれずに、自分の輪郭を保つことができるようになります。
2-5. 同じ立場の人と話す(家族会・ピアサポート)
「自分だけがこんな状態ではない」――この実感が、ご家族にとっていちばんの薬になることがあります。精神疾患のご家族同士で集まる「家族会」や、当事者と家族のためのピアサポート活動が、全国・東京都内にあります。
- 公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)――全国の家族会を束ねる組織。各地の家族会の連絡先がわかります
- 東京つくし会――東京都の家族会。府中市を含む多摩エリアの相談先も案内
- お住まいの自治体・保健所主催の家族教室や交流会
「人と話すのも疲れる」というお気持ちもよくわかります。最初は参加するだけ、聞いているだけでも構いません。同じ言葉、同じため息、同じ涙――それを共有できる場が、どこかにあると知っているだけで、孤独の重さが少し変わります。
第3章:しんどいとき、どこにSOSを出すか
ご家族の「しんどさ」には、種類があります。「治療の見直しが必要」「在宅でのサポートを増やしたい」「制度を組み直したい」「気持ちを話したい」「無料で相談したい」「今すぐ助けが要る」――それぞれに合った窓口があります。6つの選択肢を、用途別にご紹介します。
3-1. 主治医(治療の見直しが必要なとき)
本人の薬が合っていない気がする、診断や治療方針について疑問がある、急性期の症状が出てきている――こうした場合は、主治医への相談が最優先です。本人の同伴が難しいときは、ご家族だけで「家族相談」の枠を設けていただける医療機関も増えています。受診の際に「家族の困りごとも聞いていただきたい」と一言伝えてみてください。
3-2. 訪問看護(在宅サポートを増やしたいとき)
「家のことだけで疲弊している」「服薬の管理が大変」「日中、誰かに見守ってほしい」――こうした場合は、精神科訪問看護がご家族の負担を直接軽くできます。看護師が定期的に訪問し、本人の状態を見守り、服薬や生活リズムを一緒に整え、ご家族の話も聞きます。「家族の代わりに看護を担う部分を増やす」イメージです。
当ステーションの利用料金については、【Vol.33】自立支援医療完全ガイドでも詳しくご案内しています。多くの方が、自立支援医療+自治体の医療費助成の組み合わせで、自己負担0円〜の範囲で利用されています。
3-3. ケアマネジャー・PSW(制度を組み直したいとき)
介護保険の対象であればケアマネジャー、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方やそれに準ずる方は精神保健福祉士(PSW)が、制度全体の調整役です。「訪問看護以外にどんなサービスを使えるか」「自立支援医療の更新時期はいつか」「障害年金の申請をしたい」など、制度面の困りごとは、これらの専門職が伴走してくれます。
お住まいの自治体の障害福祉課や地域包括支援センターに、まずはご相談ください。「相談支援専門員」をご紹介してもらえます。
3-4. 家族会・ピアサポート(同じ立場の仲間と話したいとき)
2-5でご紹介した家族会は、SOSの出し先としても大切な選択肢です。専門職に相談するのとは違う、「同じ経験をしている人」だからこそ言える言葉、聞いてもらえる安心感があります。匿名で参加できる会も多く、最初の一歩としても踏み出しやすい場です。
3-5. 自治体の保健センター(無料で相談したいとき)
府中市の場合、府中市保健センターに保健師・精神保健福祉相談員が配置されています。匿名・無料で、精神疾患のご本人・ご家族からの相談に応じています。「どこから相談していいかわからない」「医療機関にかかる前に話を聞いてほしい」というときの最初の窓口として、安心して使える場所です。電話でも、対面でも対応していただけます。
東京都にお住まいの場合は、各自治体の保健所・保健センターに同様の窓口があります。「○○市 精神保健福祉相談」で検索すると見つかります。
3-6. 急変時(命にかかわるとき)
本人が自傷他害の状態にある、強い希死念慮を訴えている、意識障害を起こしている――こうした命にかかわる状況では、迷わず119(救急車)を呼んでください。「精神科の救急にどうつなげていいかわからない」というときも、まず119で構いません。救急隊が状況を判断し、適切な医療機関に搬送してくれます。
夜間・休日に「すぐ救急ではないけれど、医療相談したい」という場合は、東京都精神科救急医療情報センター(03-5320-7820)が24時間365日対応しています。「119を呼ぶか迷う」というレベルの相談にも応じていただけます。
おわりに:ご家族が、しんどさを口にできるように
ご家族の方は、いつも「本人がいちばん大変なのだから、自分は我慢しなければ」と感じていらっしゃいます。けれど、ご家族のしんどさは、ご家族のしんどさとして、ちゃんと取り扱われていいものです。「本人と比べたら大したことない」ではなく、「私も今、しんどい」と、声に出していい。
府中よりそい訪問看護ステーションは、ご本人の看護だけでなく、ご家族の話もお聞きしています。訪問のたびに、本人と話す時間、ご家族と話す時間、それぞれを大切にしてきました。「家族会につながりたい」「主治医に何と切り出せばいいかわからない」「ケアマネを変えたい」――そんなご相談も、無料相談の中でお受けしています。
大切な人を支えている、あなた自身を、どうか大切にしてください。





